1 パワーハラスメント防止法の施行
令和元(2019)年5月末にパワーハラスメント防止法が成立し,大企業については本年すなわち令和2(2020)年6月1日から,中小企業については令和4(2022)年6月1日から施行されることになります。
2 パワーハラスメント防止法とは
一般にパワーハラスメント防止法(パワハラ防止法)と呼ばれているのは,実は,独立した法律ではなく,「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(労働施策総合推進法)という長い名前の法律の一部の条項のことです。
この法律はかつて「雇用対策法」(雇対法)という名前でしたが,平成30(2018)年6月に成立した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革推進法)により改正され,名称が変更されたものです。
働き方改革推進法による一連の法改正により,例えば,セクシャルハラスメントについては男女雇用機会均等法11条で,マタニティハラスメントについては同法11条の2及び育児・介護休業法25条において,いずれも事業主に防止措置が義務付けられたのですが,パワハラについてはこのような法的な防止措置の義務付けは置き去りにされておりました。
しかし,バブル経済崩壊後に増加した派遣社員やパート社員へのいじめや嫌がらせとして顕在化したパワハラの問題は,早い時期から厚生労働省でも問題視して啓発運動を展開したのにもかかわらず改善が進まなかったという経緯があり,令和元年5月29日に成立した「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」において,他の諸法と共に労働施策総合推進法の改正=パワハラ防止法の制定ということになったものです。
3 パワハラ防止法の内容
労働施策総合推進法ではパワハラに関して,同法30条の2第1項で,
「事業主は,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用
する労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇
用管理上必要な措置を講じなければならない」
と定めています。
この条項では,
① 職場において行われる
② 優越的な地位を背景とした言動
③ 業務上必要かつ相当な範囲をこえたもの
をパワハラと定義したうえ,事業者に対し,相談・対応体制の整備や,パワハラ被害を相談したり,それに協力したりした労働者に対し,そのことを理由に不利益処分をしてはならないと,当たり前のことを定めています(法律で,このようなことを敢えて定めている点に問題の根深さを感じます)。
また,同30条の3第2項では事業主の責務として,
「事業主は優越的言動問題(注:パワハラのこと)に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに,当該労働者が他の労
働者に対する言動に必要な注意を払うよう,研修の実施その他の必要な配慮をする…ように務めなければならない」
と定めて,パワハラに関する研修の実施等の配慮をする努力義務を課しています。
更に,同法30条の2第3項では,
「事業主…は,自らも優越的言動問題に対する関心と理解を深め,労働者に対する言動に必要な注意を払わねばならない」
と定めて,同法30条の2第4項では,
「労働者は,優越的言動問題に対する関心と理解を深め,他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに,事業主の講ずる…措
置の協力するように努めなければならない」
と定めています。
経営者も労働者も,パワハラの問題に関心と理解を深め,パワハラをしないように心掛けなさいと,これもまた,ごく当たり前のことを定めています。
4 パワハラの定義の具体化
先述のとおり,労働施策総合推進法30条の2第1項にパワハラの定義が定められましたが,実際にどのような行為がこれに該当するかについては,厚労省が定めた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等の指針」(パワハラ指針)に以下の六類型が挙げられています。
イ 身体的な攻撃(暴行・傷害)
殴打,足蹴り,相手に物を投げつけること
ロ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
人格否定的言動,相手方の性的指向・性自認に関する侮辱的言動
業務に関する必要以上の激しい叱責の繰り返し
他人の面前での威圧的叱責の繰り返し
能力否定や罵倒するようなメールの相手方を含む複数の労働者への送信
ハ 人間関係からの切離し
長期間の隔離や自宅研修
集団的無視
二 過大な要求
長期間,勤務に直接関係のない肉体的苦痛を伴う作業を命じたること
できないことが明らかな仕事を命じること
私的な雑用を命じること
ホ 過小な要求
管理職に単純作業を命じること
仕事を与えないこと
ト 個の侵害
職場外での継続的監視,私物の写真撮影
性的指向・性自認・病歴当のセンシティブな情報の暴露
5 事業者の責務
またパワハラ防止法に定められた事業者の責務についても,パワハラ指針で具体的に挙げられています。
第一に,パワハラを行ってはならないという事業主の方針を就業規則等,社内報,パンフレト,社内HP,その他の広報資料への掲載や研修・講習を通じて周知・啓発し,また,パワハラを禁止して行為者は厳しく処分する旨の就業規則・服務規程を制定することです。
第二に,相談窓口を設置して担当者が適切に対応できるようにしておくことです。そのためには,相談窓口と人事部門との連携の整備,マニュアルの作成,担当者の研修等が必要です。
第三に,実際にパワハラに関する相談があった場合には,職場における事後的な迅速かつ適切な対応をすることです。そのためには,速やかな聞き取り調査,必要に応じて第三者機関への調査委託をして事実関係の調査・確認の実施が必要です。
第四に,パワハラの事実が確認できた場合には,被害者に対する配慮の措置と行為者に対する措置を実施することです。被害者に対する配慮の措置としては,行為者との関係改善の援助,配置転換,行為者の謝罪,被害者の労働条件上の不利益回復,メンタルケア等が挙げられます。
第五に,相談者(被害者)・行為者双方のプライバシーを保護すること,パワハラの相談をしたりこれに協力したり,公的機関等に紛争解決の援助を求めたり調停を申し立てたりしたことにより解雇その他の不利益な取扱いをされないことを周知・啓発し,パワハラを抑止すると共に相談しやすく風通しのよい環境を整備する必要があります。