事務所ブログ

2020.06.15更新

1 働き方改革関連法とは

 いささか旧聞に属する話題となりますが,成31(2019)年4月1日以降,働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律。以下,単に「法」ともいいます)が順次施行されております。

 武漢コロナウイルスの感染症対策として,在宅勤務等が広く導入されたのを契機に,今後,在宅勤務のウエイトが高まって行くものと思われます。しかし,在宅勤務の広まりが,少子高齢化による人手不足・働き手不足という問題を抜本的に解決するものではないことは明らかです。

 そして,少子高齢化に起因する我が国の「生産年齢人口の減少」と「労働者のニーズの多様化」に対応するために,技術革新等による生産性向上と共に,各労働者の個別事情に応じた柔軟な働き方を選択できるようにするべく制定された法律が,この働き方改革関連法なのです。ところで,そもそも「働き方改革」というのは,働き手の減少という現実に対し,一部の労働者の働き過ぎを防止すると同時に正規雇用になじまない人材にも就労のチャンスを広めることとであり,更に,このことを通じて生産性の向上と所得の合理的な分配を促し,経済を活性化させようという発想に基づくものです。

 この働き方改革を実現するため,法は,第1の柱として労働時間法制の見直しを,第2の柱として雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を掲げております。

2 労働時間法制の見直し

 働き方改革関連法の第1の柱である労働時間法制の見直しは,働き過ぎを防ぐことで労働者の健康を守り,多様な「ワーク・ライフ・バランス」の実現を図るというものです。

 その概要は,以下のとおりとなります。

① 時間外労働の上限規制(法1条,労働基準法32条の3・36条)
 月45時間,年360時間を原則とする(1日2時間程度の残業)。
 臨時的な特別事情があって労使間で合意する場合でも,年720時間以内,複数月平均80時間以内(休日労働を含む)(1日4時間程
 度の残業),月100時間未満を上限とする。この場合も,原則である月45時間を超えられるのは年間6か月までとなる。

② 勤務間インターバル制度の普及促進(法6条,労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条2項)

③ 年5日の有給休暇取得の企業への義務付け(法1条,労基法39条7項)
 労働者から使用者への取得希望の申し出から,使用者からの指定へと変更される。

④ 月60時間超の時間外労働の割増賃金率の50%への引き上げ(労基法37条1項)。
 月60時間超の時間外労働の割増賃金率は大企業は50%であったが,中小企業(ホール業等のサービス業の場合は,資本金5千万円以下
 又は常時雇用する労働者数100人以下)は25%に抑えられていたところ,中小企業についても50%の割増賃金率が適用されることに
 なる。

⑤ 労働時間の客観的な把握の義務付け(法4条,労働安全衛生法66条の8の3)

⑥ フレックスタイム制の拡充(法1条,労基法32条の3)
 労働時間の清算期間を1か月から3か月に変更し,より柔軟な働き方が可能になる。

⑦ 高度プロフェッショナル制度の新設(法1条・4条,労基法41条の2・労安法66条8の4等)
 高度の専門的知識を有し,職務の範囲が明確で,一定の高額の収入要件(年収1075万円以上)を満たす労働者を対象に,労使委員会
 の決議及び労働者本人の同意を前提として,労基法所定の労働時間,休憩,休日及び時間外割増賃金の規定を適用しないとする制度であ
 る。

⑧ 産業医・産業保健機能の強化(法4条,労働安全衛生法13条~13条の3,66条の5,66条の8の2~66の9等)

 これらのうち,⑦の高度専門職制度は,対象職種が金融商品の開発業務,ディーリング・アナリスト・コンサルタントの業務,研究開発業務といった特殊な業態・業務に限定されます。また,⑧の産業医の選任は,常時50名以上の労働者を雇用する「事業場」から義務付けられるものですから(労安法13条),相当数の中小企業には妥当しないでしょう。

 しかし,その他については,中小零細企業を含めてそのまま妥当するものとなります。例えば,労基法の定める1日8時間,週40時間の法定労働時間(同法32条1項)を超える時間外労働をさせるには,労使間で同法36条1項に基づく「三六(さんろく)協定」を締結して労働基準監督署に届け出なければなりませんが,その場合でも,月45時間,年360時間,臨時的な特別な事情があって労使間で合意する場合でも年720時間以内,複数月平均80時間以内,月100時間未満が上限となります。この上限を超える時間外労働は絶対的に禁止となりますから,現状でこの基準を超えている企業では,業務の効率化や一部の労働者へのしわ寄せがないかの見直しによる時間外労働の削減に力を入れなければなりません。

 また,月60時間を超えた時間外労働に対する割増賃金率が中小企業も50%となる点は。影響が大きいでしょう。

3 雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

 働き方改革関連法の第2の柱である雇用形態に関わらない公正な待遇の確保は,同一企業内における正規雇用と非正規雇用の間にある不合理な待遇の差をなくし,どのような雇用形態を選択しても「納得」できるようにするというるものです。

その概要は,以下のとおりとなります。

① パートタイム労働者・有期雇用労働者の不合理な待遇差をなくすための規定の整備(法7条・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管
 理の改善等に関する法律8条,9条)
 均衡待遇規定(職務内容,職務・配置の変更範囲の相違を考慮して不合理な待遇差を禁止)及び均等待遇規定(職務内容,職務・配置の
 変更範囲が同じ場合は差別的取扱い禁止)を整備する。

② 派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇,均衡待遇の配慮義務(法5条,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に
 関する法律30条の3~30条の6)

 例えば,正規雇用もパート・有期雇用も同一の職務内容で同一の責任を負っているのに賃金に差異があったりする場合や,正規雇用では
定期に定額の賞与が支給されるのにパート・有期雇用には賞与が支給されないような場合には,不合理で違法な待遇格差がある,ということになります。このような待遇格差は,違法とされるのです。

投稿者: 三堀法律事務所

2020.06.09更新

1 パワーハラスメント防止法の施行

 令和元(2019)年5月末にパワーハラスメント防止法が成立し,大企業については本年すなわち令和2(2020)年6月1日から,中小企業については令和4(2022)年6月1日から施行されることになります。

2 パワーハラスメント防止法とは

 一般にパワーハラスメント防止法(パワハラ防止法)と呼ばれているのは,実は,独立した法律ではなく,「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(労働施策総合推進法)という長い名前の法律の一部の条項のことです。

 この法律はかつて「雇用対策法」(雇対法)という名前でしたが,平成30(2018)年6月に成立した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革推進法)により改正され,名称が変更されたものです。

 働き方改革推進法による一連の法改正により,例えば,セクシャルハラスメントについては男女雇用機会均等法11条で,マタニティハラスメントについては同法11条の2及び育児・介護休業法25条において,いずれも事業主に防止措置が義務付けられたのですが,パワハラについてはこのような法的な防止措置の義務付けは置き去りにされておりました。

 しかし,バブル経済崩壊後に増加した派遣社員やパート社員へのいじめや嫌がらせとして顕在化したパワハラの問題は,早い時期から厚生労働省でも問題視して啓発運動を展開したのにもかかわらず改善が進まなかったという経緯があり,令和元年5月29日に成立した「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」において,他の諸法と共に労働施策総合推進法の改正=パワハラ防止法の制定ということになったものです。

3 パワハラ防止法の内容

 労働施策総合推進法ではパワハラに関して,同法30条の2第1項で,
  「事業主は,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用
  する労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇
  用管理上必要な措置を講じなければならない」
と定めています。
 この条項では,
① 職場において行われる
② 優越的な地位を背景とした言動
③ 業務上必要かつ相当な範囲をこえたもの
をパワハラと定義したうえ,事業者に対し,相談・対応体制の整備や,パワハラ被害を相談したり,それに協力したりした労働者に対し,そのことを理由に不利益処分をしてはならないと,当たり前のことを定めています(法律で,このようなことを敢えて定めている点に問題の根深さを感じます)。
 また,同30条の3第2項では事業主の責務として,
  「事業主は優越的言動問題(注:パワハラのこと)に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに,当該労働者が他の労
  働者に対する言動に必要な注意を払うよう,研修の実施その他の必要な配慮をする…ように務めなければならない」
と定めて,パワハラに関する研修の実施等の配慮をする努力義務を課しています。
 更に,同法30条の2第3項では,
  「事業主…は,自らも優越的言動問題に対する関心と理解を深め,労働者に対する言動に必要な注意を払わねばならない」
と定めて,同法30条の2第4項では,
  「労働者は,優越的言動問題に対する関心と理解を深め,他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに,事業主の講ずる…措
  置の協力するように努めなければならない」
と定めています。
 経営者も労働者も,パワハラの問題に関心と理解を深め,パワハラをしないように心掛けなさいと,これもまた,ごく当たり前のことを定めています。

4 パワハラの定義の具体化

 先述のとおり,労働施策総合推進法30条の2第1項にパワハラの定義が定められましたが,実際にどのような行為がこれに該当するかについては,厚労省が定めた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等の指針」(パワハラ指針)に以下の六類型が挙げられています。

イ 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  殴打,足蹴り,相手に物を投げつけること

ロ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
  人格否定的言動,相手方の性的指向・性自認に関する侮辱的言動
  業務に関する必要以上の激しい叱責の繰り返し
  他人の面前での威圧的叱責の繰り返し
  能力否定や罵倒するようなメールの相手方を含む複数の労働者への送信

ハ 人間関係からの切離し
  長期間の隔離や自宅研修
  集団的無視

二 過大な要求
  長期間,勤務に直接関係のない肉体的苦痛を伴う作業を命じたること
  できないことが明らかな仕事を命じること
  私的な雑用を命じること

ホ 過小な要求
  管理職に単純作業を命じること
  仕事を与えないこと

ト 個の侵害
  職場外での継続的監視,私物の写真撮影
  性的指向・性自認・病歴当のセンシティブな情報の暴露

5 事業者の責務

 またパワハラ防止法に定められた事業者の責務についても,パワハラ指針で具体的に挙げられています。

 第一に,パワハラを行ってはならないという事業主の方針を就業規則等,社内報,パンフレト,社内HP,その他の広報資料への掲載や研修・講習を通じて周知・啓発し,また,パワハラを禁止して行為者は厳しく処分する旨の就業規則・服務規程を制定することです。

 第二に,相談窓口を設置して担当者が適切に対応できるようにしておくことです。そのためには,相談窓口と人事部門との連携の整備,マニュアルの作成,担当者の研修等が必要です。

 第三に,実際にパワハラに関する相談があった場合には,職場における事後的な迅速かつ適切な対応をすることです。そのためには,速やかな聞き取り調査,必要に応じて第三者機関への調査委託をして事実関係の調査・確認の実施が必要です。

 第四に,パワハラの事実が確認できた場合には,被害者に対する配慮の措置と行為者に対する措置を実施することです。被害者に対する配慮の措置としては,行為者との関係改善の援助,配置転換,行為者の謝罪,被害者の労働条件上の不利益回復,メンタルケア等が挙げられます。

 第五に,相談者(被害者)・行為者双方のプライバシーを保護すること,パワハラの相談をしたりこれに協力したり,公的機関等に紛争解決の援助を求めたり調停を申し立てたりしたことにより解雇その他の不利益な取扱いをされないことを周知・啓発し,パワハラを抑止すると共に相談しやすく風通しのよい環境を整備する必要があります。

投稿者: 三堀法律事務所

2020.06.05更新

1 改正民法の施行と主要な改正点

 平成29(2017)年5月26日に国会で可決成立し,同年6月2日に公布された「民法の一部を改正する法律」(民法改正法)は,令和2(2020)年4月1日より施行されました。

 今回施行される民法改正法は,明治29(1896)年に制定された民法の財産法の分野についての約120年ぶりの大規模な改正であり,ホール営業にも少なからぬ影響を与える。

 今回の民法の大改正の中でも主要な改正点は,一つ目は消滅時効の見直し,二つ目は法定利率の見直し,三つ目は保証の見直し,四つ目は債権譲渡に関する見直し,五つ目は定型約款に関する規定の新設,そして,六つ目は瑕疵担保責任の見直しです。

2 消滅時効の見直し

 消滅時効とは,一定期間権利を行使しなかった場合,その権利が消滅してしまうという制度です。

 改正前は,民事債権の消滅時効期間は,権利を行使できる時から原則10年でしたが,例外的に職業別に短期の期間が定められており(飲食料や宿泊料は1年,弁護士の報酬や小売商・卸売商の売掛金は2年,医師・助産師の報酬は3年等),それとは別に,商事債権は5年という期間が定められておりました(現行民法167条,170~174条,旧商法522条)。

 しかし,短期の消滅時効期間について,例えば下宿料金には1年の時効期間が適用されるのか等の問題がありました。
改正後は,債権については,権利を行使できることを知った時から5年,権利を行使できる時から10年,債権又は所有権以外の権利は行使できる時から20年とされました(改正民法166条1・2項)。

 その他,時効の進行が止まる中断・停止についても整理されました(改正民法147~161条)。

3 法定利率の見直し

 法定利率とは,当事者間で利率を合意しなかった場合の利息や遅延損害金等に適用される利率です。

 改正前は,民事5%,商事6%の固定性で定められていましたが(現行民法404条,旧商法514条),市場金利からの解離が甚だしくなっておりました。

 改正後は,一律に3%とされたうえ,施行後3年毎に利率を見直す緩やかな変動制とされました(改正民法404条)。

4 保証制度の見直し

 保証とは,主たる債務者が債務の履行(支払い等)をしなかった場合に,これに代わって支払いをする義務のことです。

 改正前は,特定の債権者に対する債務を包括的に保証する「包括根保証」については,保証開始後に発生した債務も対象となることから保証債務の額が無限に増大する可能性があるため,貸金等の債務を対象とする場合に限り極度額(上限額),元本確定期日(保証期間)及び主債務者の死亡・破産による元本の確定が定められて保証人の保護が図られていました(現行民法465条の2~465条の4)。

 改正後は,貸金等債務以外の,例えば不動産の賃借人の債務の包括根保証についても,同様の保護が拡張されました(改正民法465条の2~465条の4)。

 また,改正後は,事業用融資について経営者以外の第三者(法人の役員や支配株主及び個人事業主の共同事業者や事業に従事している配偶者以外の者)が保証契約を締結する際の公証人による保証人本人の意思確認の制度(改正民法465条の6~465条の9),及び保証契約締結時における主債務者による保証人への情報提供義務(同465条の10)という制度も新設されました。

5 債権譲渡に関する見直し

 債権譲渡とは,例えばAが甲に対して有する貸付金債権をBに売り渡して早期に現金化したりするために利用されます。

 改正前は,債権譲渡の対象となるのは既存の債権だけであり,また,既存の債権でも当事者の一方でも譲渡を禁止した場合には譲渡は無効とされていました(現行民法466条1・2項)。

 改正後は,現に発生している債権だけではなく,将来発生する債権も譲渡の対象になり,また,譲渡禁止の合意があったりその旨の意思表示があった債権についても譲渡の対象になることを認め,譲受人が譲渡禁止を知っていたり重大な過失により知らなかった場合に,譲渡の無効を対抗できることとしました(改正民法466条)。

6 定型約款に関する規定の新設

 「定型約款」とは,業者が一般消費者等を相手に,画一的な商品やサービス(当然一定のオプションはあるのが通常です)を提供する「定型取引」(生命保険契約や市販のソフトウェアの使用許諾契約,クリーニングの請負契約等がこれに該当します)のために,業者側で契約内容を条項化したものをいいます。

 改正後は,このような「定型取引」について,業者側が「定型約款」(紙ベースでなくても,デジタルなデータでも良い)を作成した場合,①「定型約款」を契約内容とすることを合意したとき(「定型約款合意」があるとき),又は②業者が予め「定型約款」を契約内容とする旨を相手方に表示していたときに限り,当事者間に(消費者が内容を理解していなくても)約款の効力を認めることになりました(改正民法548条の2第1項)。

 但し,「定型約款」の条項のうち,「相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であって,その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして(民法)第1条第2項に規定する基本原則(信義誠実の原則)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては,合意をしなかったものとみなす」ともしています(改正民法548条の2第2項)。

 これは,「定型約款合意」があるか(前記①の場合)又は予め約款が作成されて表示されているため(同②の場合),約款の内容に沿った合意があるとみなされる場合でも,消費者に一方的に不利益な条項については「合意をしなかったものとみなす」,すなわち,無効とするというものです。

7 瑕疵担保責任から契約不適合責任へ の大幅な見直し

 改正前は,特定物の売買契約(目的物の個性に着目した取引)において,目的物に「隠れた瑕疵」(原始的な欠陥)があった場合の売主の責任を「瑕疵担保責任」として,買主は売主に対して,損害賠償請求又は瑕疵のために契約の目的を達成することができない場合には契約解除をすることが認められておりました(改正前の民法570条,566条)。

 改正後は,「瑕疵担保責任」という制度自体が「契約不適合責任」へと改められました(改正民法562条1項)。これは,責任の対象を,特定物の売買契約において目的物に原始的な欠陥があった場合についてだけではなく,不特定物の売買(目的物の個性に着目しない代替物がある物の取引)において契約の履行(引渡し)までに生じた欠陥にまで広げたことを意味します。

 また,改正後は,買主の取り得る手段として,従前からの損害賠償請求及び契約解除に加えて,修補,代替物の引渡し又は不足分の引渡しといった「追完請求」や(改正民法562条1項),追完がされなかった場合等の「代金減額請求」が規定されました(同法563条)。

 更に,改正後は,損害賠償請求及び契約解除は債務不履行の一般規律に従うことになり(改正民法564条),解除をなすには原則として履行の追完を催告が必要となりました(同法541条)。

投稿者: 三堀法律事務所

2020.06.04更新

1 新型コロナウイルによる経済の落ち込みと政府等の対応

 中国・武漢市から始まった新型コロナウイルスの感染症拡大に伴い、令和2(2020)年4月7日、政府は新型インフルエンザ等対策特別措置法32条1項に基づく緊急事態宣言を発令しました。その後、5月25日に至り、緊急事態終結宣言が発令されましたが、感染拡大の危険は去ったわけではなく、今後共、都道府県の対策本部長である知事からの完成予防のための協力要請がなされる状況が継続します。

 こうした中、多くの業種が営業自粛・外出自粛により経済的な損失を被り、、賃借物件で営業している業者は、売上がなくなり、賃料支払いが困難な状況となっています。

 国土交通省では、緊急事態宣言発令前の3月31日、各不動産関連団体の長に宛てて、テナントの窮状に配慮して賃料の支払い猶予等に柔軟に対応するように申し入れていおりましたが、4月17日にはテナントからの賃料の減額や猶予に応じた店舗・ビルの賃貸事業者に対する固定資産税の減免や、国税・地方税・社会保険料の納付猶予を内容とした対策を講じることとしました。

2 賃料の減免

 危難に際しては社会全体で応分の犠牲を負担し合うべきであり、テナントである小売業者やサービス業者が営業自粛により感染症対策に協力する以上、オーナーである店舗・ビル等の賃貸業者は賃料の減額や免除等に応ずるべきことは当然であるといえます。

 建物でも土地でも、賃貸借契約で決めた賃料を増減額するには貸主と借主との合意が必要です。しかし、実際には、テナントから賃料の減額を申し入れても、オーナーがこれを承諾して合意が成立するケースは稀であり,賃料は固定化しがちです。そうなると、今回のような非常事態や不況時には、賃料の支払いが厳しくなったテナントは、結果的に賃料を踏み倒して夜逃げする等して、オーナーも手痛い損害を被ることになります。

 コロナウイルスの感染拡大による経済の停滞は、感染収束により緊急事態終結宣言が出された後も相当長引く可能性があり、業種を問わず、暫くの間、賃料減額が重要な経営課題となるでしょう。

3 賃料減額請求の手続

 一般論としても不動産相場や経済情勢の変動に伴って賃料を増減額する必要性は否定できませんから、借地借家法ではその手続を規定しています。借地では「地代等増減請求権」(同法11条)、借家では「借賃増減請求権」(同法32条)として、土地・建物それぞれの賃料の増額・減額双方の請求権を規定しているのです。

 以下、借家(建物賃貸借契約)の借賃減額についてのみ説明します。

 先ず、借賃減額を求めるテナントは、オーナー(サブリースのように貸主がオーナーではない場合もありますが、以下、オーナー=貸主とします)に対して、借賃減額請求権を行使します(借地借家法32条1項)。具体的には、「現在●●円の借賃を、〇月分から、××円に値下げをお願いします」等と記した通知を配達証明付きの内容証明郵便で送ることになります。このような方法をとるのは、借賃減額請求権がその行使時(通知到達時)から将来に向かって借賃の減額という法律効果を発生させる「形成権」という権利であり、このことから減額請求をしたこと及びその通知がいつオーナー側に到達したのかについての証拠が必要だからです。

 しかし、実際にオーナーが減額を承諾しなければ、テナントはオーナーと協議をせざるを得ません。本来、合意で定められる借賃について、テナントの都合で減額幅まで決めるのは、余りにオーナーに不利だからです。

 にもかかわらず、借賃減額請求権行使時から減額の効果が発生するとするのは、後日、オーナーとテナントとの協議により合意された新しい借賃を、減額請求時に遡って適用するための一種の法律上のフィクションなのです。このようにしないと、オーナーは協議を引き延ばすことにより、従来の賃料を維持できてしまいますので、このようなことを防止するためのフィクションなのです。

4 借賃減額請求を受けたオーナーの対応

 多くの場合、テナントから借賃減額請求を受けたオーナーは、減額を承諾せず、借賃減額協議が成立することは稀です。このような場合、テナントは、裁判手続で適正な借賃(要するに減額幅)を決めてもらうことになります。

 先述のとおり、法律上は、借賃減額請求のときから減額の効果は生じることになっていますが、減額請求を受けたオーナーは「減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払いを請求することができる」のです(借地借家法32条3項)。オーナーは、減額請求前の借賃を「相当」な額として請求することになります。

 このため、テナントは借賃減額請求をしても、従前どおりの借賃を支払い続けなければならないことになります。

5 借賃減額の裁判手続

 テナントは、借賃減額請求をしてもオーナーとの協議が整わない以上、裁判手続で適正な借賃を決めてもらう必要があり、これは、「借賃確認請求訴訟」という形式の「訴訟」になります。

 ところが、賃料の増減額に関して訴訟を提起するには、その前に「調停」という裁判所での話合いの手続を経なければならないとされています(民事調停法24条の2第1項)。これを「調停前置」といい、仮に、いきなり訴訟を提起しても、裁判所は、事件を調停に回付して話合いを先行させることになります(同法同条2項)。

 そして、調停での話合いをしても決着がつかなかった場合、初めて訴訟を提起できることになります。訴訟では、裁判所が不動産鑑定士を鑑定人に選任して適正な借賃が幾らかについて鑑定意見を徴したうえ、これに準拠した判決をするのです。

 このようにして判決で決まった新たな借賃の額は、借賃減額請求権の行使時に遡って適用されます。オーナーは、「相当」として支払わせていた減額前の借賃と、減額後の借賃との差額分に年率10%の利息をつけてテナントに返還しなければならなくなります(借地借家法32条3項)。

6 テナント側から勝手に借賃を減額して支払った場合どうなるか

 以上のように、借地借家法の借賃増減請求権の手続ではテナントの判断で借賃を減額して支払うことは認められておらず、調停+訴訟という手続が継続する間、減額前の借賃を支払い続けなければなりません。

 このような手続の継続中でも、テナントが借賃を減額して支払うと、減額分は未納となり、これが積み重なって概ね賃料3か月分程度に達すると、賃貸借契約について解約の「正当事由」或いは契約を継続しがたい「信頼関係の破壊」があるとして、オーナーからの解約を認めるのが判例の傾向です。

 しかし、今回のように危急に際して営業を自粛して協力したテナントが、減額請求をして減額分を差し引いた借賃を支払ったとしても、やむを得ない事情が認められ、更に、オーナーも感染防止のための痛みを分かち合うべきであることに鑑みると、裁判所は、安易に「正当事由」や「信頼関係の破壊」ありとして、賃貸借契約の解約を認めて立退きを命ずる挙には出られないと思います。

 更に開き直った考え方をすれば、仮に、毎月40%の減額をしても、解約が認められるひとつの基準となる賃料3か月分の滞納を超えるのは8か月目なのですから、オーナーが借賃減額に応じなくても、この期間は緊急避難的に凌ぐことはできるでしょう。

投稿者: 三堀法律事務所